いつも「愛している」と言うには

■書籍 アスペルガーの男性が女性について知っておきたいことより
「どうして彼女はいつも愛しているといって欲しいのでしょう」P153

・仕事場では「1度で覚えろ」という概念を覚えられる女性が、なぜ何度も「愛してる。大事だよ」と伝えて欲しがるのか?一生に1度言えば事足りるし、言わないのは昨日と同じだからで、なぜそんな簡単なことが分からないのか?
ぼくの素朴な疑問だが、今までの人生で答えてくれた人は居ない。
答えてくれようとした人と、説明の途中で話が飛躍したり、内容が欠落したり矛盾していた人はいる。

▼書籍の説明
個人的な感想だが、この書籍は今まででもっとも洗練された説明を展開している。

彼女と自分はワシとシマウマのように異なる生き物
彼女は食事を取るように心にも「定期的に心の糧」が必要
その心の糧はパートナーからしか得られないものでそれが愛情表現だ

▼変化させるには
完全に主観だがぼくを含め主にAS傾向が出た場合、他者のみならず、自身に対しても行動を修正するには

「なぜそれが必要か」 理由
「なぜそれをするのか」 目的
を納得できることが重要な要素を占める。
説明や納得無しに動かしてもあまり良い結果にはならない。

▼「なぜ?」の鋭さ
ぼくの「なぜ」は問われる方はかなり厳しいようだ。
上記の説明でも、「『定期的に心の糧』が必要なのはなぜなのか?」について掘り下げられておらず納得できない。
「シマウマ(彼女)はそういう生き物だから」と言う説明になるのだろうが、それは説明しているうちに入らない。
「私がそう感じるから」というのも同じで、「なぜそう感じるのか?」を知りたいので説明にならない。
色々と考えた末
、「取り合えず今のところは『私がそう感じるから』というところまでしか分からない。」

と言うのなら少しは腑に落ちるが、みな途中で考えるのを止めてしまう。

▼「なぜ」の位置づけ
なぜの無意味さの一つの頂点は、「なぜ生まれたのか?」「なぜ自分に生まれたのか?」であって、どれだけ深く考えても答えは出ない。
その点においてぼくはパートナーとの関係において「なぜ」を求めている訳ではないことが分かる。
「なぜ?」という問いは、どこか目的にたどり着くための移動手段(例えば電車)に過ぎない。

▼求めるもの
目的は理解や共感なのだと思う。例えば上のケースで言えば、パートナーが
「なぜかは自分にも分からないけれど、あなたが大事にしているのが伝わってくるととても嬉しい気持ちになる」と言われたらぼくは自身を変化させられる所まで納得できるだろう。

▽補足
ぼくの場合、自身を変化させるには相応の手順があり、それは対象を問わず、
ぼく自身であっても例外ではない。
ぼくが変化させたい時は、常に慎重に手順を模索し自分を納得させ、腑に落ちるようあらゆる準備をする。

彼女のために自身を変化させるための最初のステップとして、
自分の納得を形成しようと、彼女に「なぜ?」と問い、情報収集に入ると、誤解されるのだ。
もちろん瞬時に彼女のニーズを掴み、支度を始めるとは相手も思わないので、その説明を省いていて誤解されて当然なのだが。
(そんな難しい手順を必要とする人間とは関わりたくないという理解かもしれないが(笑))

▼説明の違い
違いがどこにあるか話してみると、

「定期的に糧が必要」→「シマウマはそういう生き物」→「私がそう感じるから」
の流れはニーズを語っているのであり、糧を得る前と得た後の状態の変化についてなんら言及が無い。

「なぜかは自分にも分からないけれど、あなたが大事にしているのが伝わってくるととても嬉しい気持ちになる」

は、得た後のみを言及している。ぼくの場合、多くの事柄において、パートナーが良い気持ちになるのならば、自然とそれをしたいと思うだろう。※したい。と「出来る」は別で、同時に全てのワシが自然にしたいと思うとは当然限らない。
その点においてワシとシマウマは同じか良く似ているとも言える気がするが、相手に喜んで貰いたい。「似ている」と理解できないシマウマと、理解しようとしないシマウマは確かにいる。
彼女たちに唯一願うのは「あの人は、人の気持ちが分からない」とかの解釈に至らず、
「自分には理解できない」という理解、範疇に留まっておいて欲しい。という一点だ。

▼その後
「あなたが大事にしているのが伝わってくるととても嬉しい気持ちになる」としても
なぜそうなるのか?については説明が出来ていない部分は、やはり依然として疑問が残り納得がいかない。
現実には必ず裏の条件を仕込んであるのだ。

>あなたが大事にしているのが伝わってくると
と言う点について、「現実にぼくが大事にしていて、それを伝えようとしているか」は実は論点ではなく、
彼女が「大事にしていると伝わってくる(感じる)」言動を求めているのだ。
その点について、彼女に「あなたの『大事にする』とはあなたにとってどういうことか?」を尋ねる。
実際にぼくが大事に思う
ぼくが(彼女から見て)大事にしていると感じる言動をする
の答えが2であることに、ぼくはいつも傷つく。
むしろ2だと明言してくれる人はまれで、大概1と2の区別すらついておらず、その前の段階で話は宙を舞う。

話しの中心にあるのは、「大事にしている」を発信する発信機(ぼく)と、受信する受信機(彼女)両方の問題であり、どうチューニングを合わせるか?という点を話すことになると予想するのだが、そこまで話が進んだことは過去に無い。

彼女が、自身の受信方法について改善しようとする姿勢無しにこの問題は解決しない。
僕に対しても同じだ。
僕はそう思わないが、相手と話すと「どちらかの機械が悪いから、改善するのは無駄」なことになる。

▼何を望んでいるのか
「ホームランを打ったら君へのプレゼントだ」と言って愛情表現する話があるが、僕が自分の目的とする行為(ホームラン)が愛情表現だと(思っていようといまいと)、
伝えるか
伝えなくとも相手がそう思えば
心の糧は得られる。個人的には非常にむなしい世界で関わりたくない。
ぼくが、「それを望むあなたは心を大事にしていない」と言えば多くの批判が飛んでくるだろう。
「それはあなたのことだ。彼女は愛情表現を求めているだけで、それは容易いことなのにあなたはしようとしない。その間彼女の心は常に傷ついていて、あなたはそれを平気で放置できる人だ」と。
「心」が何であるか、知っているのなら、
大事にしていると感じる言動をする
などと表面的なことをなぜ望むのか?
と聞いているのだが常に話は噛み合わない。
もし優劣をつけるなら、「大事に思うこと」自体が最上であり
それは自身を含め誰かに言われて発生させるものではない。

▼選択
取れる方法は二つに分かれるように思える。

▽1.どちらの方法で伝えるか
実際にぼくが大事に思う
ぼくが(彼女から見て)大事にしていると感じる言動をする
の間には実はもう一つ段階があり
実際にぼくが大事に思う
ぼくが大事に思う感覚をぼくの方法で伝える
ぼくが(彼女から見て)大事にしていると感じる言動をする
おそらく2を行う過程で調整を続ければ、3も発生するように変化していくだろう。
時間と互いの連携があればそれほど大変な事柄ではない。

▽2.段階
大事に思う
伝えたいと思う
伝えようとする
実際に伝える
彼女が伝わったと感じる
とかなりの段階がある。
彼女が3を受信機で捉えられるようになろうとし
相手が1~5を行おうと共通意志を形成して互いで目指す
所までいけば半分は成功しているだろう。
それ以前に段階が二つあり

大事に思わない(思ってもそう認識、表現しない)
伝えたいと思わない

タイプの発信側なら取れる方法はより限られてくる。
大事に思ったのかどうか、どう大事に感じたか?を聞いたら答えられるかもしれない。

▼分かること
このようなやり取りを通して最も収穫なのは、
互いに「心の大事の仕方」が異なる
と明確になってきている所が挙げられる。
「心の糧」と言うときに、「心」の位置付けが異なるまま、
「心」という言葉を用いて話し始めたのが一つの誤りで注意深く話していけばそのことに気が付ける。

▼会話で共通のイメージを結ぶには
例えば
「心の糧に分かりやすさ、受信しやすさを求めるのは、あなた(彼女)の弱さではないか?」
とぼくが誰かに問うとしたら、そこに悪意はない。

聞かれた方は、「『弱さ』とは自己責任で何とかするもので、それを押し付けるな」と言われたと感じるかもしれないが、

「あなたの言う『弱さ』とはどういうものか聞かせてもらえますか?」
「『弱さ』の部分を別の表現に替えて、もう一度話して貰えますか?」

と問い返す位の慎重さがあるといい。
逆にぼくがやれることは、自身の思った、伝えたいことに忠実で誠実な表現が、たまたま他者がネガティブなイメージを持つ言葉だった時は、
「心の糧に分かりやすさ、受信しやすさを求めるのは、ネガィティブな言い方しか出来ないけれど、あなた(彼女)の弱さではないか?」
と一言付け加えると、おそらくぼくの言葉を受け取った相手が、真意に気が付きやすくなる。
受け取る相手がどこまでなにを、ぼくに近い状態で解釈できるかを常に意識する必要がある。

▽答え方
ちなみに、上の問いには「弱さだと思う。」とだけ端的に答えて欲しい。
そこに何の理由も必要ないし、善悪は無い。
彼女が「弱さ」と認識しているのなら連携しようはある。
彼女が受信しやすいように発信できないのもまたぼくの弱さであり、
互いにガタの来た機械を叩きながらやっていける。
自分の受信機は問題ないと思う相手なら、上の問い一つでそれが明らかになる。

▼最後に
すでにお分かりかもしれないが、この記事の内容は
ぼくが大事に思う感覚をぼくの方法で伝える
範囲でようやく書けているものに過ぎず、受け取り方によっては傷つけてしまうかもしれない。
言葉にするのがやっとで、うまく行かないところは申し訳ない。

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